☆桜は散るから美しいのか

 8日の夕方から家を留守していた。実家に3泊したことになる。今年は、桜の開花が遅かったので、今の時期でもお庭の桜を堪能できた。帰った日の夜は、夕ご飯は途中ですませるからと言っていたにもかかわらず、両親が首を長くして待っていてくれて散らし寿司や酢の物やお吸い物などの母の手料理に日本酒や果実酒で夜桜を見ながら乾杯。いつも、夫や子供達と一緒のことが多いので、こういう親子での食事も久しぶりで、まるで娘時代に戻ったみたいだったけれど、やはり、父も母も歳老いていく姿を目の当たりにして、桜は散るから美しいのかもしれないけれど、人の命は、もっと永遠であってほしいと願う。桜の木は、樹齢何年になるのだろうか?祖父の教え子が苗木を持ってきてくれたのを植えたのが、場所もよくてとても良い枝ぶりで毎年美しい花を楽しませてくれているらしい。てんぐす病だったかな?名前は定かではないけれど桜の樹には致命的な病気があるらしいけれど、昨年は、夫が樹に登って下の方のは、取り除けていたが上の方は無理みたいだったのを覚えている。祖父が存命中には、松の樹が前方にあったので、後ろにある桜はよく見えなかったけれど祖父がなくなったと同時に松の樹は、松くい虫で枯れてしまった。松の樹とおじいちゃん・・・子供のころ広大なお庭に見えたけれど、いろんな歴史を秘めながら、今、父と母が静かに守ってくれている。

 次の日には、鳥居礼さんの「ホツマリラクゼーション」の講演&ワークショップに参加する。日本画家でもあり、ホツマツタエの研究家でもある鳥居さんの講演会、お友達を何人か誘ってみたけれど、誰ものってくれず、こういう方面には詳しい父にも電話で話していたのに、前日の夜桜の宴で酔ってしまい、結局、一人で参加したのだが、会場では、松島龍太郎先生とお出会いして、お隣同士で仲良く参加させていただくという幸運に恵まれた。鳥居先生のお話というか誘導瞑想も素晴らしかった。ホツマツタエというのは、ほんまの伝承という意味らしいが、正史とされている古事記日本書紀よりも古く、ホツマにしか書かれていない伝承が多くあるらしい。これまで、竹内文書には、関心をもって調べたことはあったけれど、ホツマに関しては、あまり、知らなかったというのが正直なところで、(1997年の日付けで)自宅にあった鳥居先生の御本も読んではいるのだろうが記憶にはなかった。その本にサインをしていただくときに名刺交換させていただき、懇親会に移る。やっぱり、最初見たときにインスピレーションで感じた絵を購入することにした。鳥居先生と松島先生とご一緒のところをユニティ・デザインさんが写真に撮ってくださった。ある人が名刺をもって話しかけてこられて、みたら、日本語教師と書かれている。ダライ・ラマのおとものお坊さん、リンポチェ大師などに直説法で教授されてるらしい。一時期、ボランティア日本語教師の真似事をしていた経験があるので話ながら、松島先生と3人で会場を出る。先生はタクシーでお見えになられていたらしく、話しかけてきた方は、自転車ということだった。バスできたというと、先生が一緒に同じバスに乗ってくださった。座る席が前の方に一つ空いていたので「どうぞ・・・」というと「貴女と一緒に座ろうと思って・・」と立っておられる。すると、女性の方が「すぐ降りますから」と席を譲ってくださって仲良くバスで駅まで。先生は、少し手前のバス停で降りられたけれど、その間、いろんなお話ができて、楽しかった。10人くらい集まったら、講演にきてくださるとのこと。さっそく、「龍神の会」でも結成しようかしらん?