トロピカルブーケ

今回のフラワーサークルは、滑らかなエナメルのような光沢をもつアンスリュームを組み合わせたトロピカルブーケ♪夏のガーデンウェディングには、ぴったりよ♪って感じの初夏らしい花材だった。口答での説明の段階では、2つの基本形の「ラウンド」&「オーバル」を組み合わせたものらしくて、さっぱり、見当がたたない気がしていたし、「オーバル」のときは、お休みしていたので自信がなかったけれど、実際に始めてみたら、スイスイできた。先生に一番、近い場所なので、話ながら安心してできたということもあるけれど、「ラウンド」を一回、やっているので、すごく道理が納得できたというのもあった。きっと、学校のお勉強とおんなじで、学習能力には長けているのかもしれない。だからといって、それは独創性や発想の豊かさとは、関係ないし、やっぱり、才能ないよなぁ〜と思いながら、最後にベア・グラスをあしらって変化をつけて、仕上がり! 早くできた人と携帯カメラに作品を収めたりしているうちに、皆さんも、雑談に入ってきて、ある方が、「家でやるときは、リラックスできるけれど、ここでは、緊張してしまって、第一、先生とお話するのも、どう話していいのか・・・」と言い出された。「まぁ、わたしって、お花屋さんでしょう?」と、茶髪っぽい先生。
「え、お花屋さん?」「あ、学校の先生っぽくないっていうことで・・・」と先生。
「う〜ん。学校の先生の方が、扱いやすいかな?子供に何をもたせましょうか?とか、聞くことも、はっきりしてるし。芸術家は苦手。扱いにくい。自分に素養がないから・・・」
本人を目の前にして、そういうこと、よく、いわれるなぁ〜(笑)と、見た感じPTAのお母さんぽっい、だけど、安心できる家庭的な感じの女性とのやりとりを伺っていた。
 人は、ある物事や、人物に、レッテルを貼って、これまで経験してきた範疇の概念に当てはめて、安心してしまう生き物らしい。「この物事、あるいは人は、ここのカテゴリー」ってその分類ができた段階で、もう、それ以上、深くは見ようとしなくなる傾向にあるような気がする。そして、その範疇に入らない理解不能な物・人は、「ヘンな物・ヘンな人」で括られてしまうのだろうな。わたし自身は、たぶん、その部類の人間なのだろうか?そんな感慨を抱きつつ、先生とその女性の会話を聞いていた。
 この社会の中では、とかく「〜らしく」振舞っている方が、生き易いということはあると思う。まず、「男らしく」「女らしく」から始まって、あらゆる社会的な役割に応じた「〜らしさ」というのがあって、その通りを演じることができたらいいのだろうけれど。娘時代の「わたし」は、母親から「良家の子女は・・・」という言葉を出されると、途端に金縛りにあったみたいに従順にならざるを得なかった。進学しかり、結婚しかり。いつも、親を安心させるという枠の中で良い子をやってきたような気がするなぁ〜と思う。その反動が、結婚してから、出ているのかなぁ〜「神様は、イタズラがお好きなようで(笑)」といって
夫は、苦笑しているが、まぁ、若い時には、ケンカしながらも、その後の大半は仲むつまじく、ここまでやって来れたのだから、神様、ほめて〜♪