雷鳴が轟いた後のカキフライ

梅雨なのに雨が降らないと思っていたら、きょうの夕方は、まるで大きなお鍋の底をひっくり返したような激しいドシャ降りの雨に加えて、雷の響く音。なかなか、豪快だった。その少し前に、授業開始30分前に来ることが日課みたいになってしまった様な、元ADHD症候群候補(はたまた、インディゴチルドレンか)の中に数えていたR君が、入ってくる。「すごいね〜、みんな、来れるかなぁ」と、R君、他の友達を心配している。
「先生、ゴムある?」「ゴムって輪ゴムなら、あるけれど、ハイ!」といって、
 輪ゴムの箱ごと手渡すと
「ゴムは、雷を通さないんだ〜」と言いながら、何本か腕に巻いている。
「ねぇ、もしかして、R君、雷がこわいの?」と、あの腕白坊主が、と意外だったから聞いてみると、素直に「うん。だって、ぼく、雷が落ちるのを見たことがあるんだもん」
「ふ〜ん。それは、怖かったねぇ。でも、大丈夫よ。怖くないから」
「ねぇ、先生」と、激しく鳴り響く雷の音の中で、「お母さんは、子供が好きだからって先生になったんだって言ってたけど、Y先生は?」と側に近寄って聞いてくる。
なんだか、きょうは、意外なことばかりだなぁ。R君が、雷を怖がるのも意外だったし、こうやって、しみじみと話しかけてくることも意外だし。最初、「わから〜ん!」といって、地球儀をグルリ〜ンとまわして答えることを拒否してみたり、机の下にもぐってみたり、裸足で外に駆け出して 雨上がりの道中、みつけた亀を探しにでかけたり、数え上げたら、キリのないくらいのこれまでの所業を思い出す。
「あのね、先生もR君のお母さんとおんなじ。子供がだ〜い好きなの。それでね、大学生の頃はね、人形劇のクラブに入っていてね、夏休みには、島の子供達に人形劇を見せるために船に乗って離れ島を廻っていたのよ〜」「ふ〜ん、人形劇って、こんなの?」
なんやかやと、話すうちに雨も少しは収まってきた様子。他の子供達は、車で送ってきてもらったようだ。就学前は保育園に通っていて小学校に上がると学童保育に通っていたR君が、最初、落ち着かなかったのは、お母さんが、小学校の先生をされていて、まだ、甘えたい時期なのに、満たされない寂しさがあったのかもしれない。学部は違うが大学の後輩にあたり話も合うしR君のことに関しても感情的にならないで客観的にお話も聞いてくださっていて教育熱心なお母さんだけれどお仕事と子育ての両立は大変だろうと思っていた。
 大学卒業後、家庭に入り、ただ家事をこなすだけでは物足りなくて、外国人留学生に日本語を教えるボランティア日本語教師をしてみたりした時期もあった。義父が、実家の両親に「子供が、ただいま!と帰ったときには、N子さんには、家にいていただきたいのです。」その一言で、なんとか、家に居ながらにして仕事のできるホームティーチャーという道を選んで14年目、その間、幼稚園〜高校生、いろんなご家庭のお子様をお預かりしてきたけれど、R君との出逢いは、結構、強烈だっただけに、この最近の彼の変化が心から嬉しくて、この仕事をしていて良かったなと思う。

 週末クラスを終えて、お迎えのお母様方と、次回のレッスンのことや連絡事項を話し終えて玄関の戸を閉めたと思ったら、ピンポ〜ン!とチャイムが鳴り、何か忘れ物でも?と思ったら、お隣のピアノ教室の先生をされている奥さんが、クール便の大きな箱を持って立っておられた。
「家の猫が、いつも、ご迷惑をおかけして〜♪」
あはは! もう、お中元の時期なのだ。お隣の奥さんは、部類の猫好きで、だけれど、ご主人は、猫がキライな人らしく、お隣もきっとうちの猫たちがおじゃましてご迷惑に違いないだろうという配慮から毎年の盆暮れのご挨拶を欠かされないので恐縮してしまう。
 たしかに、猫という動物は、犬と違って「人」ではなく「家」に居つくという習性があるらしく、お隣の猫ちゃん達は、家では飼っているつもりはないのだけれど、勝手に家の屋根の上を徘徊したり、車の屋根の上で日向ぼっこをしていたり、庭のみならず、入り口さえ開いていたら、家の中にだって入ってきてしまう。自分たちの縄張りだと思い込んでいるらしい。そこで、ひとしきり、猫談義に花が咲き、「ところで、一体、何匹いるんです?」と聞いたら、4匹とのことだった。みんな、名前がついていて、よく、外で呼ばれているのだが、ナメちゃん、ちろろ、ノンちゃん、あと一匹は、なんて名前なんだろう?
 お隣の猫族のおかげで、今夜の夕食には、この時期に熱々のおいしいカキフライがいただけた。ご馳走様でした!