レイチェル

 原曲の詩とメロディーは、I上人で、ヤスミンさんが、編集・編曲された「レイチェル」という曲を聴いた。
 悲しいというよりも、やり場のない怒りを感じる。「一気にとんでいきたいけれど、多くの人が可哀そう。子供達が可哀そうなんですよぉ」と言われていたI上人のかすれてしまった声を思い出す。イラクだともアフガンだとも言われなかったが、ピンときた。こんな曲まで、作られていたとは知らなかった。I上人の言霊から、伝わってきていた思いの深さは、現場のこんな事実からも発せられていたのだろうか?激しくて、悲しいといよりも、怒りだった、あの感情の源泉に辿り着いた思いがする。民への愛は、形を変えると怒りにもなるのだろうか。オーバーラップする20歳のときの思い出の場面があった。「憂いじゃないんだ!怒りなんだ!」拳でゲンコツを作っていた彼のまなざしを思い出す。思想的な方向のベクトルは、同じではなくても同じ匂いがする。同じ感覚がする。そのまま、突っ走ってきた人だったんだ。だから・・・
 魂の共鳴は、時を超えて巡り来る。音叉のように鳴り響く。「周囲の人にはどう映るかわかりませんが、団扇太鼓を鳴らし『南無妙法蓮華経』を唱えながら、こころは、踊っているんです!こころのどの部分にどの音が響くのか、一つ一つ、探りながらたたくのです!そうすると、もう、嬉しくて身体が踊るのです。」そう、眼を輝かせながら、長崎から、ずっと、徒歩で、1トン近くの碑石を台車で曳きながらの長旅の疲れもみせずに語っておられた上人の笑顔を思い浮かべる。その奥には、こんな悲しみを秘めておられたことを知り、平和な日本にいて戦争の悲惨さに対して達観してしまいそうな自分を戒める。No War! No DU!